おわったー!

今日が卒論の提出日でした。
ずっと持っているのもなんだか怖いので早々に教務課へ提出。(遅れたら悲惨だし)
案外あっさり受け付けてもらえて、一安心です。
これでようやくビート・ジェネレーションの呪縛から逃れられる!
ばんざーい!!

・・・とはいっても、調べる作業はすごく楽しかったのです。
勉強してるというよりは、趣味と同じ感覚。
もともと音楽や洋服についてはこうやってブログで自分の意見を展開してるくらいですから、文学だって特に苦もなく語れるわけです。
ただ、肝心なのは英語やアカデミックな論じ方だったわけで、そのあたりはもっと努力が必要だったんじゃないかと反省してます。
年末の忙しい時期にわざわざ個人指導(in 新宿)をしてくれた教授と、どうにも格好がつかない私の英語を正してくれた彼に感謝です。

そんなわけで。
せっかく卒論のテーマに取り上げたビート・ジェネレーション、このブログにも書いておきます。
かなり拙い文章にはなってしまいますが、思うことをそのまま文章にしたものなのでどうぞ読み流してやってください。長いですが。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
d0012451_2363026.jpg 勝手にビート・ジェネレーション

 40年代の後半に変わり者が集まって騒ぎ始めたビート・ジェネレーション。当初は「単なるファッション」「意味不明」「文学的な価値はあまりない」という意見によって本さえ出せなかった彼らが、なぜここまで大きな影響力を持ち、カウンター・カルチャーの元祖と呼ばれるようになったのか?(ちなみにそうした意見を持つ人は今でもたくさんいると思う) これが私が彼らに興味を持ち始めてからしばらくして抱いた疑問である。
 ジョニー・デップ主演の『ビートニク』を観て、「さっぱりわからん!」と憤慨した方々も多いかと思うが、もともとは私もその一人だった。ケルアック、バロウズ、ギンズバークのメイン3人はともかく、当時の面影もない老人を出されてもねえ・・・というのがその時の見解。しかし残念ながら、ビート・ジェネレーションの主要なメンバーは年を取るごとに表から引っ込んでしまっていた。ケルアックはぶくぶく太ってアル中になり、死亡。ニール・キャサディーは『路上』のイメージをそっくり保ってメキシコの路上で(なぜか裸で)死亡。晩年のバロウズは案外長生きするも、郊外の家でネコと穏やかに暮らし、「ネコは素晴らしい」みたいな訳の分からない代物(『内なるネコ』)を書く始末。禅に傾倒したギンズバーグとゲーリー・スナイダーはヒッピー・ムーブメントには一応はちゃんと乗っかっていたみたいだけれど、ビート時代よりも優れた作品を生み出すには至らなかった。
 でも、こういうことってどんなムーブメントにもあることで、いくら繁栄を極めたからといっても、すぐに次の流行に取って代わられてしまう。そうして「古く」なった彼らは、ひっそりと暮らすか、栄光時代の自分を引きずりながら過ごす。(ロック・スターにありがちな話)でもそれって実は文化の移り変わりが速くなった20世紀後半見られる大きな特徴なんじゃないだろうか?そして、ビート・ジェネレーションこそが「若者文化」の先駆けであり、その後、目まぐるしく変化した時代を作り上げた張本人なのでは?ケルアックはこう言った。「朝鮮戦争の後の若い世代は、"クール"と"ビート"に触発されて、その身振りとスタイルだけ自分たちのものに仕立てた」「ビートたちのファッションさえ、新しいロックンロールに夢中な若者に引き継がれたんだ」
 ジャズはロックに代わり、マリワナがLSDに代わる・・・そんな激動の時代においては、ビート作家たち自身が誰よりも困惑していたに違いないのだ。彼らが第一に目指していた"New Vision"(完全に新しい、独自の見解)とはもはや完全にかけ離れた「スタイル」優先の時代。もともと、ビート作家たちは非常に勉強熱心で(やや飽きっぽかったけれど)他の文化に対しては積極的に学ぶ姿勢が強かった。ドストエフスキーやブレイク、ランボー、シュールレアリズム、禅や実存主義といったものから学び取った、―既成の価値感には囚われない真に自由な精神―そんなビート・ジェネレーションの理想は、「時代の寵児」という称号で脆くも崩れ去ってしまった。少なくとも、その矢先に立たされたケルアックには荷が重すぎたようである。
 その後のムーブメントとは違い、ビート・ジェネレーションが辿った道は、決して楽なものでも、商業的なものでもなかった。幻のドラッグを求めてわざわざ南アメリカまで赴き、先住民と接触を図ったバロウズ、スピード狂で少年院あがりの親友(ニール・キャサディー)と一緒に、持ち金を使い果たしながらアメリカを横断したケルアック、黒人街の古びたギャラリーで発禁すれすれの詩を朗読していたギンズバーグ・・・。ちっとも売れてないのに「何かやってやる!」という意気込みだけは凄まじかった彼ら。マリワナ吸いながら「ラブ&ピース」だけ提唱していた(と私には思える)ヒッピーにはない情熱と根性である。
 確かに、ビート作家たちは次のファッションに取って代わられてしまった。しかし、それは必然でもあった。彼らが本当に成し遂げたことは、今の時代にもちゃんと引き継がれているからだ。作品だけでなく、それを世に広める強い行動力と精神力、リスクを顧みない無謀さは、その後の世代に台頭した「商業主義的ではない」アーティストにとっても大きな礎になったに違いない。

最後に、ケルアックの言葉を"On the Road"から抜粋。

   The only people for me are the mad ones,
   the ones who are mad to live, mad to talk,
   mad to be saved, desirous of everything at the same time,
   the ones who never yawn or say a commonplace thing,
   but burn, burn, burn, like fabulous yellow roman candles
   exploding like spiders across the stars
   and in the middle you see the blue centerlight pop
   and everybody goes "Awww!"

ビートについて調べてると、不思議と熱くなってくるから面白い。やっぱり何かに対して一生懸命な人たちって素敵だと思います。
[PR]
by skintandminted | 2007-01-11 00:39 | school


<< 最後の秋冬物。 ドレスが欲しい!part2 >>