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素直に嬉しい。

冬休み中に書いたエッセイのうちの一つが採点されて戻ってきました。
卒論のProposalです。
ドキドキしながら読むと、もちろん厳しく言われてしまったところもあったけれど、評価的には"Good Pass"となってた!もう素直に嬉しくって、思わずブログに書いてしまいます。

ちなみに評価は上から順に、
"Distinction"(70%+)
"Good Pass"(60-70%)
"Pass"(50-60%)
"Low Pass"(40-50%)
"Fail"(39%-)
となっていて、過去のエッセイとかみていても"Pass"評価のものが良く書けている気がしたりして、実は"Pass"なら御の字、"Low Pass"でも"Fail"じゃないだけ良い、とか思ってました。留学生に甘く採点するってこともないとわかっているので、(過去に厳しく採点されたエッセイby留学生を見たことがあります・・・。)素直に喜んでいいのかも!と今日一日は張り切って図書館で勉強(笑)エッセイで落ち込むことも多いけど、こうして良い評価を貰えるとやっぱり頑張って良かった、と思えます。

ちなみにブライトンは連続晴天記録更新(自分調べ)の勢いで、春さながらの陽気。今日家を出たら隣の家の大工のお兄さんが上半身裸で作業してましたよ。。。Tシャツ一枚の人とかもいるし、まあ彼らはちょっとあり得ない感じもありますが(笑)東京より全然暖かいです。乾燥が酷いのだけは勘弁して欲しいんですけど、日も長くなってきて気分が良いです。

イギリスの美しい春が来るかと思うと、わくわくする今日この頃です。
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by skintandminted | 2008-02-13 05:45 | school

卒業しました。

いつの間にか一週間も経ってしまったのですが、先週の月曜日(19日)大学を卒業しました。
4年間本当にあっという間で、山あり谷あり、色々な事があったけれど、実りの多い大学生活を過ごせたのではと思います。気がつけば20単位以上多く授業を受けていましたが(笑)全然勉強ばかりという事もなく、(まあ、このブログをご覧いただけば一目瞭然ですが)旅行へ行ったり、バイトをしたり、友達と遊んだり・・・。特筆することはないにしても、自分なりに良いバランスを保っていたのかなという気がします。個人的には夢中で本を読んだり、レポートを書いたり、「知る喜び」みたいなものを実感できたのが嬉しかったです。学外の友達が多く、サークルもしていなかった私にとって、大学は一貫して「学ぶ場所」だったなーという印象。

卒業式とパーティーには、ドレスで臨みました。しかし、式は見事に袴一色でした・・・。皆、かなり艶やか。おまけに友人の1人はなぜか映画『マリー・アントワネット』の髪型で登場(!)という、気合の入りようです。でも私もお気に入りのLanvinのドレス、miumiuのパーティーバック、ルブタンのハイヒールがようやく日の目を浴びたので(自己)満足。パーティーは丸の内のCAFE GARBで開催。同じ学部の友人、IちゃんがそこのPRをやっているので彼女が主催してくれました。懐かしい人にも会えて、とっても楽しかった!教授とも飲みながら話しましたが、やっぱり大学を離れるのはちょっと寂しいものです。
夜には東京タワーの近くにある、「プリンスホテル パークタワー」というホテルで彼がお祝いしてくれました。とても眺めが良くて、広くて綺麗な部屋。プリンスホテルっていうと個人的にフジロックの苗場プリンスの印象が強いのですが(笑)、場所によって全然違うということが判明。また機会があれば泊まってみたいです。
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by skintandminted | 2007-03-27 21:13 | school

懐かしい・・・レポート

↓ドイツの文化研究でむかーし書いたもの。たまたま見つけたので載せます。なんだかブログが大学のレポート特集みたいになってますが。↓

ベルリンの壁とは一体何だったのか。それは一つの国家を分断する文字通りの壁であるだけでなく同時に東ドイツの人々を囲む檻であり、世界中の人々にとってはある一つの象徴であったように思う。「絶対的に超えられない何か」という象徴、つまり資本主義国と社会主義国とが壁一枚(正確には2枚というべきかもしれない)を隔てて隣り合っているという異例の事態において、壁自体があたかもその2つの国の思想や経済を分断しているかのような、非常な威圧感を持っていたのではないだろうか。私の母がこう言ったのを覚えている。「ベルリンの壁が崩壊するとは思わなかった。あんなに簡単に壊されるなんて、テレビで見ても信じられない気持ちだった」と。
壁の崩壊時の映像では、その場に集まったすべての人々が歓喜している。私の東西統一の印象はその映像と重なり、「もともと一つの国なのだから、元通りになって良かった」「全ては良い方向に向かったのだ」と思い込んでいた。しかし後期の授業でこの問題を深く追求していくにつれてその背後や新たな問題が見えてくるようになった。例えば壁の崩壊後も東ドイツ市民が「開かれた社会主義の国」を目指していたことや、急激な統一に際して反対の声が多くあったことなどは知らなかったし、その危険性を考えたこともなかった。急速な形で西側の資本主義社会に吸収された旧東ドイツ市民は今までとはまったく異なる生活に戸惑い、Ostargyに陥る人々も出てきたというくらい旧東ドイツ市民のイデオロギーは不安定なものになったのだということを、私は授業で初めて知った。
『グッバイ・レーニン』というドイツ映画では、壁の崩壊前後の時期を中心に旧東ドイツ地区に住む人々の様子が描かれている。彼らは壁が崩壊したことで競争も経験する。かつて国家の英雄だった元宇宙飛行士はタクシー運転手をしている。自由になって得た物よりも失った物のほうが多く、突然の社会変革で成功者になったのはごく一部で、多くは成功の枠組みから取り残されてしまったことをこの作品は語っている。壁の崩壊後、コール首相が約束した生活は果たされることなく、経済格差は解消されないまま今も残ってしまった。ナチスを生んでしまったという自責の念、そして押し寄せる時代の波の中でドイツの人々が自らのアイデンティを保つことは容易ではなかっただろうと想像できる。
また、ネオナチを生んだ背景もこの東西ドイツの分裂と統一が大きく関わっている事を学習した。自国や自分たちの民族に誇りを持つことと極右思想は結びつきやすい。特に旧東地区に住む若者たちは社会的な混乱を経験し、世のあり方への不満や将来への不安を抱くようになった。そんな彼らが政府の保護下にある難民の生活を目の当たりにしたら、どう感じるだろうか。やりきれない思いが外国人排斥に繋がっていったという可能性は充分に考えられるだろう。西地区の若者にしても資本主義社会の矛盾や影が次第に浮き彫りになっていく中で、自らを見失う者も出てきたはずである。個人の内にある憤りをネオナチのように集団単位で行動することで解消しようとしているのかもしれない。極右思想に対しては、毅然とした態度で反対の意思を示さなくてはならないと私は思う。ナチスのような悲劇を繰り返さないためには、やはりその過去と向き合い、考えて行く必要があるのだ。「いつになったら私たちはナチスの過去を払拭できるのだ」というドイツの人々の気持ちもわかるのだが、ナチスはドイツだけでなく全世界にとって繰り返してはいけない歴史である。それを現在の私たちが深く理解し、教訓として生かすことに意味があるのではないだろうか。
人々の夢を分かち、数多くの犠牲者を出したベルリンの壁も時代とともに崩れ去った。「壁がなくなるんですか?」と聞いた外国人記者に対してシャボウスキーが答えた「そう思う」という短い言葉。その最期はあまりにあっけなかった。しかし私が今回学んでわかったことは、人々の心の奥底にはいまだに見えない壁が存在しているということだ。それはホーネッカーが演説で発した言葉にも明らかであり、だからこそ「ベルリンの壁」という言葉はこんなにも悲しく、重く心に突き刺さる。
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by skintandminted | 2007-01-25 00:29 | school

おわったー!

今日が卒論の提出日でした。
ずっと持っているのもなんだか怖いので早々に教務課へ提出。(遅れたら悲惨だし)
案外あっさり受け付けてもらえて、一安心です。
これでようやくビート・ジェネレーションの呪縛から逃れられる!
ばんざーい!!

・・・とはいっても、調べる作業はすごく楽しかったのです。
勉強してるというよりは、趣味と同じ感覚。
もともと音楽や洋服についてはこうやってブログで自分の意見を展開してるくらいですから、文学だって特に苦もなく語れるわけです。
ただ、肝心なのは英語やアカデミックな論じ方だったわけで、そのあたりはもっと努力が必要だったんじゃないかと反省してます。
年末の忙しい時期にわざわざ個人指導(in 新宿)をしてくれた教授と、どうにも格好がつかない私の英語を正してくれた彼に感謝です。

そんなわけで。
せっかく卒論のテーマに取り上げたビート・ジェネレーション、このブログにも書いておきます。
かなり拙い文章にはなってしまいますが、思うことをそのまま文章にしたものなのでどうぞ読み流してやってください。長いですが。

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d0012451_2363026.jpg 勝手にビート・ジェネレーション

 40年代の後半に変わり者が集まって騒ぎ始めたビート・ジェネレーション。当初は「単なるファッション」「意味不明」「文学的な価値はあまりない」という意見によって本さえ出せなかった彼らが、なぜここまで大きな影響力を持ち、カウンター・カルチャーの元祖と呼ばれるようになったのか?(ちなみにそうした意見を持つ人は今でもたくさんいると思う) これが私が彼らに興味を持ち始めてからしばらくして抱いた疑問である。
 ジョニー・デップ主演の『ビートニク』を観て、「さっぱりわからん!」と憤慨した方々も多いかと思うが、もともとは私もその一人だった。ケルアック、バロウズ、ギンズバークのメイン3人はともかく、当時の面影もない老人を出されてもねえ・・・というのがその時の見解。しかし残念ながら、ビート・ジェネレーションの主要なメンバーは年を取るごとに表から引っ込んでしまっていた。ケルアックはぶくぶく太ってアル中になり、死亡。ニール・キャサディーは『路上』のイメージをそっくり保ってメキシコの路上で(なぜか裸で)死亡。晩年のバロウズは案外長生きするも、郊外の家でネコと穏やかに暮らし、「ネコは素晴らしい」みたいな訳の分からない代物(『内なるネコ』)を書く始末。禅に傾倒したギンズバーグとゲーリー・スナイダーはヒッピー・ムーブメントには一応はちゃんと乗っかっていたみたいだけれど、ビート時代よりも優れた作品を生み出すには至らなかった。
 でも、こういうことってどんなムーブメントにもあることで、いくら繁栄を極めたからといっても、すぐに次の流行に取って代わられてしまう。そうして「古く」なった彼らは、ひっそりと暮らすか、栄光時代の自分を引きずりながら過ごす。(ロック・スターにありがちな話)でもそれって実は文化の移り変わりが速くなった20世紀後半見られる大きな特徴なんじゃないだろうか?そして、ビート・ジェネレーションこそが「若者文化」の先駆けであり、その後、目まぐるしく変化した時代を作り上げた張本人なのでは?ケルアックはこう言った。「朝鮮戦争の後の若い世代は、"クール"と"ビート"に触発されて、その身振りとスタイルだけ自分たちのものに仕立てた」「ビートたちのファッションさえ、新しいロックンロールに夢中な若者に引き継がれたんだ」
 ジャズはロックに代わり、マリワナがLSDに代わる・・・そんな激動の時代においては、ビート作家たち自身が誰よりも困惑していたに違いないのだ。彼らが第一に目指していた"New Vision"(完全に新しい、独自の見解)とはもはや完全にかけ離れた「スタイル」優先の時代。もともと、ビート作家たちは非常に勉強熱心で(やや飽きっぽかったけれど)他の文化に対しては積極的に学ぶ姿勢が強かった。ドストエフスキーやブレイク、ランボー、シュールレアリズム、禅や実存主義といったものから学び取った、―既成の価値感には囚われない真に自由な精神―そんなビート・ジェネレーションの理想は、「時代の寵児」という称号で脆くも崩れ去ってしまった。少なくとも、その矢先に立たされたケルアックには荷が重すぎたようである。
 その後のムーブメントとは違い、ビート・ジェネレーションが辿った道は、決して楽なものでも、商業的なものでもなかった。幻のドラッグを求めてわざわざ南アメリカまで赴き、先住民と接触を図ったバロウズ、スピード狂で少年院あがりの親友(ニール・キャサディー)と一緒に、持ち金を使い果たしながらアメリカを横断したケルアック、黒人街の古びたギャラリーで発禁すれすれの詩を朗読していたギンズバーグ・・・。ちっとも売れてないのに「何かやってやる!」という意気込みだけは凄まじかった彼ら。マリワナ吸いながら「ラブ&ピース」だけ提唱していた(と私には思える)ヒッピーにはない情熱と根性である。
 確かに、ビート作家たちは次のファッションに取って代わられてしまった。しかし、それは必然でもあった。彼らが本当に成し遂げたことは、今の時代にもちゃんと引き継がれているからだ。作品だけでなく、それを世に広める強い行動力と精神力、リスクを顧みない無謀さは、その後の世代に台頭した「商業主義的ではない」アーティストにとっても大きな礎になったに違いない。

最後に、ケルアックの言葉を"On the Road"から抜粋。

   The only people for me are the mad ones,
   the ones who are mad to live, mad to talk,
   mad to be saved, desirous of everything at the same time,
   the ones who never yawn or say a commonplace thing,
   but burn, burn, burn, like fabulous yellow roman candles
   exploding like spiders across the stars
   and in the middle you see the blue centerlight pop
   and everybody goes "Awww!"

ビートについて調べてると、不思議と熱くなってくるから面白い。やっぱり何かに対して一生懸命な人たちって素敵だと思います。
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by skintandminted | 2007-01-11 00:39 | school

ビートマニア。

本格的に卒論に取り掛かっていて、いろんな意味で抜け出せない状態です。
好きだから、面白いんですけれどね。
ビートの小ネタにやられていて、なんだか肝心なところが進んでいない気もしますが。
そんなのをいくつか紹介します。

①バロウズの"The Neked Lunch"(『裸のランチ』)のタイトルを付けたのはケルアックで、タイプも彼が行った。
②ケルアックのバイオグラファーであるAnn Charterが初めて自宅を訪れた時、ケルアックのあまりの老け具合に、父親だと勘違い。
③Neal Cassadyは路上で裸で死んでいるのを発見された。
④Lucien Carr(Allen Ginsbergのコロンビア大学時代からの友人)は長年、自分にしつこく言い寄っていた男を刺殺。
⑤ボブ・ディランのディランは芸名で、ビート・ジェネレーションも敬愛していたウェールズ人の詩人、ディラン・トーマスからとった。

①とか、なんか良いなーって思ったんですが。そんなナイスガイだから、苦労して老けた(②)のかな・・・。
こんなネタを読んで面白いと思った人、いるんでしょうか。
もしいるのならぜひお話がしたいです。

さて、プライベートの方では珍しくクラシックを聴きに行きました。
タイトルは「東京交響楽団特別演奏会 堀 俊輔プロデュース・モーリス・デュルフレの響き」という、なにやら?な感じでしたが良かったです。
でも、予備知識ゼロ、知り合いもいない、という状況で観るにはマニアックな感じがしました。笑

買い物は私はしてないのですが、母がマルベリーの小さいベイズウォーターgetしてて、これがかなり可愛い。。。でも色まで、思い切りかぶってるんですけど。
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by skintandminted | 2006-10-26 20:56 | school

Talking about Beat Generation!

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最近すっかり更新が滞っていますが、その理由の一つが「卒論」。「ビート・ジェネレーション」をテーマにあげたのは良いものの、調べ出すとどうにもこうにも収集がつきません!↑の資料はすべて教授から借りたものですが、オリジナルのテキストとは別に研究書が5冊、CDが3枚、DVDが2枚。。。という現状で、まだまだ増えそうな様子。
現在の状況ですが、卒論の大まかな流れは組めたかなー、というところです。

1. アメリカの40年代~50年代を中心にした時代説明。
2. 代表的な作家の創作のプロセス、文章構造の違い
・創作活動に影響を与えた"仲間"との関係性
・現実とアートの融合
3. 影響を与えたもの、影響を受けたもの
4. なぜ彼らがムーブメントになり得たのか
・ポピュラーになったアウトサイダーたち
・60年代カルチャーへのシフト、ロックとヒッピー・ムーブメント

という感じです。。。
もっと詰めていけば違う方向にもなりそうですが、それも面白いかも?


d0012451_15522116.jpg代表的な作家たち(左からジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ)

・1940年代にNYで知り合った3人は、ドラッグ、文学、ジャズ等と共通の話題で盛り上がる間柄であった。年上であるバロウズはケルアックとギンズバーグに文章を書くようアドバイス。他にも友人であるHerbert Huncke(Times Squareno売人で、バロウズにドラッグを売った人物とされる)、Carr(ギンズバーグのコロンビア時代からの友人)、Neal Cassady(ケルアックとアメリカ横断の旅に出た。後の『路上』の登場人物)、John Clellon Homes(ケルアックと親交があったライター。初期のビート・ジェネレーションについて新聞記事も書いた)とも交流があった。

後に、自身がビート作家とされているGary Sniderはこう友人に語った。
"There was no Beat Generation- it consisted of only three or four people, and four people don't make up a generation."
(ビート・ジェネレーションなんてなかったんだ。それはたった3、4人で成り立っていたし、4人でジェネレーションなんて作らないからね。)

なんか、マイノリティーとマジョリティーの間で揺れていたビート・ジェネレーションの先駆者たちが好きだったりします。ケルアックなんて、かなり頑張って「ビートとは何か」みたいなことをメディアに説明してましたし。このへんを卒論で書ければ良いなあと思うのですが。
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by skintandminted | 2006-06-27 16:22 | school

卒論。

教授からどっさり資料を借りて、研究スタートです。
お題は「ビートニク」。
まだ方向性は決まってませんが、好きなことなら突き詰めていける!と楽観的に考えてます。

本当は作家についてやろうって思ってたのですが、オスカー・ワイルドとサリンジャーに関しては「大好き」で止めておいても悔いはないかなー、という結論に。
今の教授ならビートニク詳しいうえ、英語で論文書けるので色々と勉強になりそう。
JazzのCD、いっぱい貸してくれるし。笑
文学研究、というよりは文化研究に没頭できるのが嬉しいです。
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by skintandminted | 2006-04-26 22:09 | school

時間割。

来週半ばから新学期です。
忘れていたけれど、まだ大学生なんだよなぁ。。。
バイトのし過ぎで感覚が麻痺しているようです。
それにしても、うちの大学のシラバスは面白い。
ちょっと信じられないものもあります。
時間割を考えるのが楽しい。

●外国文学(ドイツ文学)
「一年間『シンデレラ』で恋愛を考察する。萌え、etcについて」

って・・・。
「先生の研究対象は何ですか?」、とS氏に聞いてみたくなります。
一年も続けるのは無理だけど、一回なら出てみたい。
そんな授業。

あとは、ビデオ撮ったり、小説書いたり、茶道をしたり。
なかなか趣味が増えそうな授業です。

今年一年、まだまだ大学には通います。
授業料勿体ないし。
自分の好きなことを学べるって、贅沢だなって最近思いますね。
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by skintandminted | 2006-04-06 19:36 | school

昨日のできごと

早めに大学へ行って、試験勉強しよう・・・と思った昨日。
その前にレポート出さなきゃ、ってことでM先生の研究室へ。

このM氏は"Intercultural Communication"っていう授業の担当で面白い人。
アメリカ人で、色んな文化に詳しいのです。
ただすごーく温厚なため、ぜんぜん生徒を怒れない様子。
なんで、授業の欠席者・遅刻者は多数で、下手すりゃマンツーマンです。笑
普段は5人くらいは来るけど・・・。
英会話教室通うよりよっぽどタメになると思い、私は前・後期と授業を受けてました。

で、レポートを出しに行っただけなんですが、「ああ君か、そこに座って!」と何やらwelcomeな雰囲気。
断るに断れないわ。
研究室は、アート本とCDと映画と本がひしめく、まさに文化研究者って感じの部屋。
ジャズの記事を書く仕事もしているらしく、その中から3枚借りてしまいました。笑
話の内容は、気がついたら真剣な方向へ。

「卒論どうするの?」
-今のゼミの先生と合わないので迷ってます。(正直すぎる・・・)

「他の先生と相談して、君の書きたいのを書きなよ。良ければ僕が担当になるよ」
-えっ?私の専攻はイギリス文学なんですけど、良いんですか?

「うん、卒論に関しては自由だからね。上と相談する必要はあるけど」
-そうですか、ありがとうございます。休み中に考えます。

という感じで来学期の授業や卒業後のことなど、親身になって話をしてくれました。
これからお世話になる先生が決まったなー、って感じです。
T先生は来年、一年間の休みだし。(いいなー、大学教授。)

で、何が言いたいかと言うと、うちの大学って良い教授が多いなってことです。
ちゃんと生徒と向き合う人がいるし、単位なんてどうでも良くなるくらい授業は面白いし、好きな勉強に打ち込める。
まー、適当になっちゃうものもあるけど・・・。
もうすぐ4年生になるけど、最後の1年間も楽しもうっと。
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by skintandminted | 2006-01-25 23:27 | school

終了。

しましたです>テスト。
まだレポートは書いてるんですけどね、もうほとんど終わったようなもの!
フジロックとNYへ向けてせっせと準備します。

もうNY行きの飛行機のお金は振り込んだんです。
でもウン万円を手放す時に、「あーーー、なんてあっけない・・・」と思ってしまった。
働いたお金も、こんなあっさり(しかもよく考えたら移動するだけなのに)消えちゃうんですよね。
航空券、高すぎ。
これがあれば何が買えるんだろう、ってついつい思いました。

でもよく考えたら、「物にしかお金を使わない」って良くないですよね。
私はとってもその傾向があるんですけど。
成人式も挙げずに、「そのかわりバッグが欲しい」って親にも言ったくらい。
でも一日に(しかも振袖着るために)大金使う気には、どーしてもなれなかったんですよ。
もったいない、というよりは皆と同じ事やるために、そこまでしなくても・・・って気分でした。
それなら他に好きなもの買って、美味しいもの食べて、自分で祝おう!って。。。
なんか文章に書くと寂しい人みたいだけど。笑

でも旅行とかライブとか、本当に好きなことのためなら
たとえ形に残らなくてもお金を使いたい。
どうせ物だってお金だって永久に残るわけじゃないし、
それなら楽しく過ごさなきゃ損ですもんね。

と、今日はテスト明けなので楽観的なことを書いてみました。笑
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by skintandminted | 2005-07-21 00:32 | school