映画"Live Forever"

誰に頼まれたわけでもなく書いた文章がありました。
卒論やろうとしていたらPCの中に見つかり、懐かしくなったので載せておきます。

d0012451_15351574.jpg「理由なき反抗」

大英帝国の逆襲――つまるところブリットポップの性格とはこの一言に集約できるのでは、と映画 「Live Forever」を観て思った。カルチャー誌はもちろん大衆新聞にまで踊り狂うユニオンジャックや、ブレア首相が打ち出した「クール・ブリタニア」(「イギリスって最高!」)の国粋主義的政策に代表されるように、その時代のイギリスは頑なまでに「イギリスらしさ」に拘り、国を挙げてのお祭り騒ぎに酔いしれていたようだ。(筆者は当時小学生だったので後追いです。)映画では当時の政治や文化面に焦点をあてムーブメントが生まれた背景を描いている。サッチャー政権下で押さえつけられていた労働者階級の解放へのもがきか、グローバリズムという名において暴挙を働くアメリカへの反発か?・・・ブリットポップ誕生の原因には様々な憶測ができるものの本当のところは誰にもわからない、というジョン・ダウワー監督の視点は無理がなく自然と映画の中に引き込まれていく。
映画の中に登場したポップカルチャーは音楽に限らずファッション、映画、アートなど広範囲に及ぶ。当時のイギリスにいた若い世代、特にアーティストは「I wanna be my self, I can’t be no one else」というオエイシス的アティチュードを体現していた。破天荒な創造性とドラッグ、それが新しいムーブメントを作り出したと乱暴に言ってしまえるかもしれない。ファッション界ではアレキサンダー・マックイーンやジョン・ガリアーノ、ステラ・マッカートニー、ナオミ・キャンベル、ケイト・モスといったデザイナーやモデルがその才能を世に認めさせ、映画では「トレインスポッティング」が全世界で空前のヒットを飛ばす。グラスゴーを舞台にしたドラッグ中毒の若者の生活を描いたこの作品は、原作のアーヴィン・ウォルシュを始め、監督のダニー・ボイルやユアン・マクレガー、ロバート・カーライルといった役者、ブリットポップ勢を集めたサウンドにいたるまで全ての要素が「活きのいいイギリス産」から成り立っており、結果的に「斬新でオシャレな英国」を印象づけるのに多大な貢献を果たす。アートの分野ではダミアン・ハーストやトマトといった才能が開花、その後の活躍は周知の通りである。
さて、本題に入ろう。音楽の分野、つまりブリットポップとはいうまでもなくオアシスでありブラーでありパルプであった。(その3バンドは国内でミリオンセールスを記録。)彼らが望む望まないに関わらずメディアは彼らを看板代わりにムーブメントを煽った。国営放送であるBBCが「Oasis vs Blur」のシングル・チャート戦争を朝のニュースとして取り上げたことを考えれば、その騒ぎがいかに尋常だったかはお判りいただけるだろう。
映画のインタビューを観ると、(リアム・ギャラガーという例外はいるものの)「ブリットポップの顔」であるアーティストたちがなんとか過去と向き合おうとする、懸命な様子が画面から伝わってくる。ぽつりぽつりと発せられる彼らの一言は重みがあり、今まで好き勝手に扱われてきたブリットポップという難問に対して、彼らなりの答えを探ろうとしている。「僕の人生が大きく変わったんだ。何かが大きく変わって、もう前の自分には戻れないとわかった」と語るデーモン・アルバーンの表情や「自分が馬鹿になった気がした。今まで自分が生きて積み上げてきたものが、無駄になった気がしたんだ。」というパルプのジャーヴィス・コッカーの言葉からは彼らの本心が窺え、大変興味深く貴重なインタビューだ。
「ノエル・ギャラガーがブレア首相とお茶を飲んだ」から、ブリットポップは終わったのではないはずだ。しかし、政治とロックという本来相容れない二つが皮肉にも同席してしまったことで、誰もがブリットポップが無邪気なバカ騒ぎなんかでなく、本格的に馬鹿馬鹿しくなってしまったことに気がつく。「ロックは政治に関係ねえよ」と吐き捨てたリアム・ギャラガーはその点で的を得ている。(投げやりなだけということはこの際置いておいて下さい。)事実、その時期からNMEは手のひらを返したようにブレア政権に非難の目を向けたのだし、人々はこのムーブメントに対し距離を置いたところで評価し始め、その評価が「恥ずかしい過去」で落ち着くのにそう長い時間はかからなかった。やがてブリットポップはその話題性と共に音楽的な創造力が失われるに従って、狂乱の歯車を止めたのである。
 
 しかし、ブリットポップは恥ずかしいまま終わってしまったムーブメントなのだろうか。私はそうは思わない。二年前(注:2002年の話です)に私が英国に短期滞在した際、当時の音楽業界的にはストロークスやホワイト・ストライプスといったUS勢が人気だったのにも関わらず、オアシスやブラー、パルプの曲をよく耳にしたことがその理由である。これがロンドンなら話は違っただろうが私の滞在先はオックスフォードの家庭だったので、一般的英国人の暮らしの中にブリットポップが根強く残っているのだと実感できた。深夜のメインストリートで人々が歌う”Wonder Wall”にサッカーショップで流れる”Rock’n Roll Star”(Oasis)、語学学校の授業で流したPULPの曲(残念ながらタイトルは不明)、隣を歩いていた語学学校のスタッフが突如歌いだした”Park Life”(Blur)・・・それらはごく自然に生活の中に溶け込み、居心地良さそうに鳴り響いていた。ブリットポップはその時代に青春を送った人々にとって、過去にするにはあまりに早い。そしてそれはジョン・ダウワー監督が某誌のインタビューで語ったように「あの時代ってすごく楽しかった」ことを、誰もが忘れていない証拠なのだ。
出来ることなら私だって間に合いたかったよ、ブリットポップ。
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by skintandminted | 2006-12-12 15:36 | movie


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